AUDIO TECHNICAL
テレビ番組、ラジオ、映画、アニメーションやゲーム、web動画などといった様々なコンテンツの演出要素のひとつとして、効果音があります。雨の音や波の音、雷の音などの「自然音」、車や電車の走行音などの「現実音」から、UFOの飛行音や怪獣の鳴き声、キャラクターの動作を表す音などなど、ありとあらゆる効果音が存在します。
波の音などの「自然音」を使用したい場合、あらかじめ録音された既存の音源を用いる方法もあれば、実際に現場に出かけてデジタル録音機器などで録音することも簡単にできるようになりました。しかしまだそのような機材が無かった時代、「効果音を作り出す」と言っても簡単なことではありませんでした。
そこで昔の音効さんは考えました。
身近な道具や日用品を使って、どうにか本物に近い音を出すことができないだろうか。
たとえば……
お椀を使って馬の足音を作る。
二枚貝を擦り合わせれば蛙の鳴き声に聞こえる。
キャベツや白菜をノコギリで切ると時代劇で人を斬った音になる。
このように実際の音ではなく、異なる物を使って表現した音を「擬音」と言います。
こういった発想に至った経緯としては、昔は録音機が大きく、持ち歩いて生の音を録音することが難しかったことに加え、多くのコンテンツが「生放送」であったため。ドラマも生放送、一発勝負!その場の空気で、役者さんの演技も変化します。当然、「間」も変わってきますから、そこに録音された音源を充て込むのは難しかったわけです。ならば、役者さんの演技と同時に「音」も演じればいい。そうして、歌舞伎に始まり舞台の世界で用いられてきた「擬音」が、放送の世界に持ち込まれました。
時が流れ、機材はデジタルとなり小型化し、生音の収録も容易になりました。ドラマも生放送ではなくなり、擬音の需要が失われつつあります。はたして「職人の技術」は廃れていってしまうのか……。擬音は、本当に実物の音のように聞こえるのか……
我々TSPオーディオセンターでは、日々の仕事の中で現在も「擬音」を活用しています。例えば、使わなくなった屑テープを床に敷き詰めてその上を歩けば、草地を歩く音になります。これも一種の「擬音」と言えますね。このように今なお擬音の技法は残っているわけですが、今回こちらのコンテンツでは、「古き良き擬音の実践」をテーマにして実際に擬音を作る過程とその音を、皆様にご紹介していきます。特殊な器具や材料を使わずに、手軽に手に入るもので……というのもコンセプトです。
今回作るのは↓こちら。
波の音です。
使用した道具はこちら。「小豆」です。
皆さんもご覧になったことがあるかもしれません、大きな竹かごに小豆を入れ、それを両手で抱えて右に左にゆ~っくり揺らすと……「ザザー」という波の音に聞こえるんです。昔から使われてきたこの「竹かごと小豆」。なぜこれらが選ばれたのか?といったあたりも考えながら実践してみたいと思います。本来であれば昔のような大きい竹かごがあればよかったのですが、意外と値段が高かったため 身近な日用品を使うというコンセプトにより、今回のために自作しました。その名もティッシュレール。ティッシュの箱を繋げて、小豆の移動する距離を稼ごうという目論見です。
長さは約70cm弱、なるべく粒がぶつかる音を軽減しようと思い、両端にティッシュペーパーでクッションを作り、装着しています。
早速実践開始です!
ざざざざざざ。
小豆だけの無加工の音は、こんな音になりました。
波音に聞こえますか?聞こえますよね?聞こえたら嬉しいなあ…
少し編集を施し、エフェクターを使ってリバーブ(残響)効果を加えてみました。
いかがでしょうか、だいぶ波に近付いてきました!
それにしても、なぜ昔から小豆が使われてきたのでしょう?何か他のものでも似たような音は作れるはず。そう考えた我々は、BB弾でも試してみることにしました。ご家庭で試される際に「食べ物で遊んではいけません!」と怒られてしまうこともあるかもしれませんしね……。
↑BB弾はおもちゃ屋さんに行けば買うことができると思います。
まずは、録音したままの音から。
小豆と比べると粒の大きさが均一であるため、若干パラパラとした「粒立ち感」が目立ちます。また材質が硬いためか、粒と粒、粒とレールが当たる様子が音に現れているようです。
こちらにもリバーブ効果を加えてみます。
どうでしょうか?波音に聞こえますか?なんとか……聞こえますよね!?
それでもやはり、聞き比べてみると「らしさ」ということでは小豆に軍配が上がるのではないでしょうか。BB弾はその材質からか、滑り終わりにカツカツ、パラパラという波らしからぬ音がどうしても現れてしまいます。加えて自作のティッシュレールは滑りが良く、そうとう上手くコントロールしないと単に「粒が転がる音」にしかなりません。
ここまでのような「音作り」をしてみたうえで感じたこと。昔から竹かごと小豆が「波の擬音」で定番だったのはおそらく「価格が安く入手しやすい」そして「保存が容易である」というコストと運用面での利点から始まり、
・小豆の粒の大きさや形状にバラつきがあるため滑り方が一定でなく、音が均一にならず良い具合の「不規則性」が生まれる
・竹かごにある網目が適度に小豆を引っかけ、これも適度な「不規則性」を生む
・材質からくる音の柔らかさ、暖かさがある
・竹かごが持つクッション性が小豆の当たる音を緩和し、音の終端に程よい余韻を生む
このような特徴があったためではないかと思うのです。想像するに、昔の音効さんはいろいろな素材・道具を試し、試行錯誤の果てに「竹かごと小豆」に行き着いたのでしょう。先人の知恵とはなんと素晴らしいものでしょうか!とは言え、それでも「竹かごと小豆」で作る波の音は、上手い人とそうでない人の差がはっきりと表れるものだったようで、「名人」と呼ばれる方もいたと聞きます。まさに「職人芸」だったのです。
さて、せっかく作った質感の違う波の音。この2つを混ぜてみればまた違うイメージになるのではないでしょうか。音量などを調整し、小豆とBB弾で作った音を編集して混ぜてみました。そうです。最初にお聞かせした波音は、こうして作ったものでした。
どうしても海の音が欲しい時、なかなか海に行く暇がないほど忙しい時、
ティッシュ箱や小豆が余って余ってしょうがないという時、ぜひぜひお試しください!